第3期 砂で世界旅行・オーストリア編 ~貴族文化と音楽の都を訪ねて~

「ベルヴェデーレ宮殿」「シュテファン大聖堂」など、オーストリアの豪華絢爛たる建造物や、モーツァルトやハイドンといった偉大な音楽家達、オーストリアの貴族文化を作品モチーフに、10体を制作展示。
茶圓勝彦氏をプロデューサーとし、海外から10名の砂像彫刻家が参加し、制作にあたった。

ベルヴェデーレ宮殿

ベルヴェデーレ宮殿

ウィーンにあるバロック建築最高傑作に数えられる宮殿。17世紀のハプスブルク軍の総司令官で、ナポレオンが「世界が生んだ7人の軍事的天才の1人」と呼んだプリンツ・オイゲン公の夏の離宮。プリンツ・オイゲン公の死後、1752年にハプスブルク家のマリア・テレジアに売却されました。砂像彫刻者:Leonardo Ugolini(レオナルド・ウゴリニ)イタリア

馬車の旅

馬車の旅

この時代の音楽家は、自己研鑽や、より良い雇用主(宮廷貴族等)を求めるためにも諸国を旅していました。その中でも、モーツァルトは、6歳からヨーロッパ中を旅し生涯の3分の1を旅についやしました。しかし、その旅は決して楽なものでなく、道路がデコボコのため乗り心地は最悪で、車輪が壊れ横転したり、夜は盗賊の襲撃を受けることもありました。砂像彫刻者:Maksim Bespalov(マクシム・ベスパロフ)ロシア

シュテファン大聖堂

シュテファン大聖堂

ウィーンにあるゴシック様式の大聖堂。ウィーンのシンボルで、「ウィーンの魂」とも言われ、人々はシュッテフル(Steffl)という愛称で呼んでいます。この聖堂を含むウィーン歴史地区は2001年にユネスコの世界遺産に登録されました。モーツァルトとその妻ウェーバー・コンスタンツェの結婚式と葬儀が行われた聖堂としても知られています。砂像彫刻者:Tan Joo Heng(タン・ジョ・ヘン)シンガポール

カールス教会

カールス教会

バロック建築の珠玉と賞される教会。1713年にペストがウィーンで大流行した際に、その終息を願い、時の権力者であったマリア・テレジアの父カール6世が建設を命じました。ペストの守護聖人カール・ボロメウスに奉献する教会で、この守護聖人の名に因んでカールス教会という名前がつけられました。砂像彫刻者:楊 歴東(ヤン・リドン)中国

マリア・テレジアと音楽家

マリア・テレジアと音楽家

マリーアントワネットの母でもあるマリア・テレジアは、名門ハプスブルグ家の継承者として、政治的手腕に秀で、教育制度の改革や産業の振興に努力しました。 さらに、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの音楽家を招聘し、ウイーンを欧州一の音楽の都にしました。特にハイドンの楽曲を好み、ハイドンはテレジアのために交響曲「マリア・テレジア」を作曲したほどです。 また、天才の誉の高かった6歳のモーツァルトを招き、皇帝一家の前での演奏に及びました。そのとき転んだモーツァルトを14番目の皇女、後のフランス王妃マリーアントワネットが助け起こしました。そして、このマリーアントワネットにモーツァルトが求婚したのは、有名なお話しです。砂像彫刻者:Ilya Filimontsev(イリヤ・フィリモンツェフ)ロシア

ウィーン国立歌劇場

ウィーン国立歌劇場

ヨーロッパ屈指の歌劇場。1869年宮廷歌劇場としてモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」上演で開場、1918年から現称となりました。第2次世界大戦で爆撃を受け崩壊したが、10年がかりで再建され1955年11月、ベーム指揮の「フィデリオ」上演で再開。総監督にマーラー、R・シュトラウス、ベーム、カラヤン、マゼールなどが就任してきました。舞踏会シーズンの頂点を極める「オペラ座舞踏会」の会場でもあります。砂像彫刻者:Alessandro Buonopane(アレッサンドロ・ヴォノパーネ)イタリア

弦楽四重奏

弦楽四重奏

弦楽四重奏は、通常ヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロ各1本ずつの編成で演奏される室内楽をいいます。 ハイドンは「弦楽四重奏の父」と呼ばれていて、68曲もの弦楽四重奏曲を残しており、ハイドンに刺激を受けたモーツァルトも代表作「ハイドン・セット」など、多くの作品を残しています。ハイドンとモーツアルトは弦楽四重奏を一緒に演奏するなどして交流を深めました。その後、ベートーヴェン、シューベルトなど、多くの作曲家がこのジャンルに曲を残し、現代に至るまで多くの曲が作られ、愛されています。砂像彫刻者:Alexey Dyakov(アレクセイ・ディヤコフ)ロシア

街角の風景

街角の風景

18世紀末のウィーンは、ヨーロッパの音楽の都として栄えました。それを支えたのが教養豊かな貴族やブルジョアなど上流階級の人々でした。祝祭日になると、その人々は社交のため広場に集まりました。広場では市が開かれ、庶民の生活も支えられて、街は活気づきました。砂像彫刻者:Jill Harris(ジル・ハリス)アメリカ/Thomas Koet(トーマス・クォート)アメリカ

砂漠の民

砂漠の民

砂漠は、過酷な自然環境のため、穀物を栽培できるような土地にも恵まれず、人々は羊などの家畜の群れとともに移動する遊牧の生活を強いられました。家畜は、人々の衣食住の一部となり、あとは交易の手段となりました。砂像彫刻者:茶圓勝彦(チャエン・カツヒコ)日本

オペラ座舞踏会

オペラ座舞踏会

芸術と音楽の街、そして「舞踏会の街」ウィーンでは冬のシーズンは数々の舞踏会が開かれます。その中でも、2月の木曜日に“ウィーン国立オペラ座”で開かれる 『オペラ座大舞踏会(オーパンバル)』は、ヨーロッパ社交界でも最も格式の高い舞踏会であり、各国大使や著名人など世界中から数千人が参加します。砂像彫刻者:Thomas Koet(トーマス・クォート)アメリカ/張 偉康(チャン・ウェイカン)中国